安全配慮義務はどこが負うの? 労働安全衛生法との関わりは?
安全配慮義務とは、会社が従業員が安全かつ衛生的に働くことができるように職場環境を整える義務のことです。労働災害が起こったとき、安全配慮義務を怠っていると判断されれば、企業は多額の賠償金を払わなくてはならないこともあります。安全配慮義務というと、事故防止のための対策をイメージする方も多いですが、近年では従業員の精神的な負担にならないような働き方も、安全配慮義務の一環として重要視されているのです。
そこで、今回は安全配慮義務が企業側にある根拠や職場で行う活動、違反した場合の罰則などをご紹介しましょう。
この記事を読めば、職場環境を整備する大切さも分かりますよ。職場の安全衛生に関係する職務に就いている方や、衛生管理者を目指している方も、ぜひ読んでみてくださいね。
1.安全配慮義務の基礎知識
はじめに、安全配慮義務の定義や安全配慮義務について定められた法律などについて解説します。どのような活動をすれば、安全配慮義務を行っていることになるのでしょうか?
1-1.安全配慮義務って何?
安全配慮義務とは、前述したように従業員が安全かつ衛生的に仕事を行うことができるように、会社側が行う従業員の健康や安全を守る義務のことです。2007年に制定された労働契約法の5条に、「使用者は労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と明文化されています。
実は労働契約法が制定される前、安全配慮義務について法律上の明文は、何もありませんでした。そのため、労働災害が発生した場合、職場が安全配慮義務を怠ったかどうかは、裁判で個々の例に合わせて判断されていたのです。
法律で明文化されたことにより、安全配慮の義務が企業側にあることが明確になり、労働者の権利がより守られるようになりました。
1-2.安全配慮義務が企業側にあるとされる根拠
安全配慮義務が企業側にあると明確に認められるようになったのは、昭和50年代のことです。労働契約法が制定される前まで、民法709条などに定められた「不法行為」が、安全配慮義務違反に相当する法律でした。しかし、企業側の不法行為を裁判で認めさせるためには、労働者側に使用者(企業側)が故意や過失があったことを立証する義務があったため、不法行為を訴えることはとても難しかったのです。
しかし、昭和50年2月25日に判決が下った「陸上自衛隊八戸車両整備工場事件」において、最高裁は企業側に安全配慮義務があることを認めました。この裁判以降、安全配慮義務が企業側にあることが明確になり、労働契約法で明文化されたのです。
1-3.安全配慮義務を定めた法律について
前項で、労働契約法で企業側に安全配慮義務があると定められている、とご説明しました。この他、労働安全衛生法やそれに基づいて制定された労働安全衛生規則で、安全配慮義務として具体的に行うべきことが記されています。例えば、労働者が巻き込まれる恐れのある装置には覆いや安全装置を付ける・高所の作業場には、手すりなどを付けるといったことが明文化されているのです。
1-4.安全配慮義務を守らなければならない企業とは?
従業員が1名でもいる企業は、安全配慮義務があります。また、派遣社員や下請け企業社員にも安全配慮義務があるため、「正社員以外は関係ない」という態度ではいけません。
2.安全配慮義務の内容について
この項では、安全配慮義務の具体的な内容について解説します。どのようなことを行うのでしょうか?
2-1.安全配慮を行わなければならない職場とは?
企業は、従業員が働く場所すべてに安全配慮を行わなければなりません。工場や工事現場・採掘現場など危険を伴う現場だけでなく、デスクワークを行うオフィスなど、一見すると危険と無関係な職場でも安全配慮を行う必要があります。
2-2.生命や身体の安全への配慮
命や身体の安全への配慮とは、仕事中にケガをする可能性のある場所にカバーや覆いをつけたり、滑り止めをつけたりすることです。また、機械の点検や整備を的確に行ったり、防犯設備を調えたりすることも入ります。会社が毎年実施している健康診断も、生命や身体の安全への配慮と言えるでしょう。
2-3.心の健康への配慮
心の健康への配慮とは、うつ病をはじめとする精神的な病気を予防するための対策のことです。近年、長時間労働やパワハラをはじめとする過重労働が問題視されるようになりました。長時間の労働は、ただ行っているだけで心の健康を崩す原因となるでしょう。ですから、残業の禁止なども心の健康への配慮に当たります。この他、産業医を選任したり、メンタルヘルスについての相談を受ける窓口を設けるなども、配慮の一環です。
2-4.人的組織を利用した安全配慮
労働災害防止のマニュアルを設置している企業は多いと思いますが、それだけでは安全配慮を十分に行っているとはいえません。労働者に安全教育を施したり職場の安全管理を行う安全管理者や、職場巡視を行って職場環境をチェックする衛生管理者を選任することも、安全配慮の一環です。
また、管理職が労働者の残業時間などをしっかりと把握すること、パワハラの防止などを教育することも安全配慮の一種になります。
3.安全配慮義務に違反すると?
安全配慮義務を怠ったということは、労働基準法や労働安全衛生法に違反することにもなります。一例をあげると、
- 安全対策が必要な場所で安全対策を行わなかった
- 安全管理者や衛生管理者を選任しなかった。
- 健康診断を行わなかった
- 長時間労働やパワハラなど過重労働が行われていることを知っていながら放置した
などということは、安全配慮義務違反に問われるでしょう。労働基準法や労働安全衛生法の場合、数十万円程度の罰金や1年以下の罰金ですが、安全配慮義務を怠った結果労働災害が発生した場合、企業側に数千万円~数億円に上る賠償金が課せられることもあります。近年では事故だけでなく過重労働が原因でうつ病などを発症した場合も、賠償金が課せられることが珍しくありません。また、安全配慮義務を怠ったことが世間に知られれば、企業の評判は一気に下がってしまうでしょう。
安全配慮義務違反が発覚した場合は、すみやかに安全配慮を再度行うことが大切です。
4.安全配慮義務の課題について
この項では、今後の安全配慮義務の課題について紹介します。今後、企業が特に注意を払っていかなければならない安全配慮とはなんでしょうか?
4-1.近年の労働災害の特徴
技術の進歩により、機械や設備に巻き込まれたり有害物質を吸い込むなどしたりしたことが原因の労働災害は減ってきています。その一方で、長時間労働やパワハラが原因の労働災害は増加傾向です。日本の職場では、長い間長時間労働が推奨されてきたこともあり、長時間労働が安全配慮義務違反であるという認識がなかなか浸透しませんでした。しかし、長時間労働は心の健康を損ね、うつ病などの原因になるほか、心筋梗塞や脳出血などの引き金になることもあるでしょう。平成になってから、過重労働が労災の原因として認められることが増えてきましたが、対策が進んでいるとはいいがたい状況です。
4-2.これから職場に求められる安全配慮
企業側には、今までのように生命や身体の安全への配慮はもちろんのこと、過重労働対策を行って従業員が心の健康を損ねないように働き続けられる職場環境を作ることが大切です。2016年から従業員が50名以上所属している職場では、メンタルヘルスチェックをおこなうことが義務化されました。これにより、従業員は自分のストレスの状態をある程度把握できるようになるでしょう。しかし、把握しただけでは不十分です。従業員がストレスをうまく解消させて心の健康を取り戻すことができるよう、手助けできる環境を整えることが大切になります。
4-3.衛生管理者に求められること
衛生管理者とは、50名以上従業員が所属している職場に選任が義務づけられている者です。週に1度の職場巡視をはじめとして、従業員が衛生的かつ健康的に仕事が行えるように職場環境を整える職務を担っています。健康診断の計画や実施・結果の管理も大切な仕事です。これに加えて、2016年度からはメンタルヘルスチェックの実施補佐などの職務も仕事の一環となりました。
衛生管理者は、産業医と従業員の橋渡しも行います。従業員の相談に乗るのはもちろんのこと、産業医との面談の機会を設けたり職場環境の改善を経営者に求めていくことも大切です。
5.安全配慮義務に対するよくある質問
Q.安全配慮を十分に行えば、労働災害は完全に防げるのでしょうか?
A.残念ながら完全にとはいかないと思います。しかし、発生リスクを大幅に低下させることができるでしょう。
Q.安全配慮を行っても、従業員がそれを無視した場合はどうしたらいいですか?
A.従業員が安全教育の内容や職場の決まりを無視した結果、労働災害が起こった場合、企業の責任は通常よりも軽くなるでしょう。
Q.安全配慮を行っていると外部に証明するにはどうしたらいいのですか?
A.点検や整備の記録を残しておくだけでも証拠になるでしょう。
Q.従業員が50名未満の職場では衛生管理者などの選任義務はないのですか?
A.衛生管理者の選任義務はありませんが、安全衛生推進者を任命し、安全管理と衛生管理を行います。
Q.職場が安全配慮を怠っており、改善の兆しがない場合はどこに相談をしたらよいのでしょうか?
A.労働基準監督署や社会保険労務士に相談するとよいですね。
6.おわりに
いかがでしたか? 今回は、企業の義務である安全配慮について解説しました。近年は、特に過重労働が色々な職場で問題となっています。労働災害を防ぐためにも、安全配慮義務はおろそかにしてはならないことです。衛生管理者や安全管理者の選任はもちろんのこと、経営者は従業員の意見にも耳を傾けましょう。